「 主は私を広いところに連れ出し、私を助け出されました。
主が私を喜びとされたからです。」
サムエル記 第二 22章20節
買物に出ると、お店に「こんなときだから、綺麗になろう」とか「こんなときだから楽しもう」といったキャッチフレーズがありました。
私たちは今、「こんなとき」にいるのだ、とつくづく感じました。
私たちが経験している「こんなとき」は、なかなか出口の見えない閉塞感や、長い間の制約される毎日に、なんだかだんだん心が疲れてしまいがちになります。
私たちと同じように、災害や病、トラブルなど、人類が経験する様々な困難を乗り越えてきた、何千年も前の人達の証言が聖書には残されています。
イスラエルの王だったダビデは、王になる前、何年も、前代のサウル王に妬まれ、命を狙われて荒野で逃亡生活をしていました
周りの人達からも「ダビデはもう終わりだね」と思われていました。
けれども、ダビデは神様の約束を信じ続けていました。
誰にも理解されなくても、すべてをご存知の神様が必ず自分を助け出してくださる。
みことばの約束だけを支えに生きてきました。
「苦難の日にわたしを呼び求めよ。
わたしはあなたを助け出し あなたはわたしをあがめる」詩篇50章15節
そしてダビデは、みことば通りに、神様の介入によって、人々や状況を通して助け出されました。
今日のみことばは、ダビデが神様をあがめている箇所です。
みことばの約束は、誰でも信じる人の日常で実現します。
今は出口が見えなくても、ダビデと同じように、神様は私たちも、用意されている広いところへ導いてくださっています。
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