こんな自分だからこそ

 "私たちに不利な、様々な規定で私たちを責め立てている債務証書を無効にし、それを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。"
コロサイ人への手紙 2章14節

「神様がおられるのなら私を助けて」と神様を求めるならば、神様はご自身を現してくださってみ言葉を通して語ってくださいます。
信仰が与えられます。
信じきることが中々できない自分であっても、神様の一方的な愛によって信仰が与えられるのです。

それでも地上で生活している間、サタンは私たちを誘惑し続けます。
「それで神様に愛されていると言えるのか」「本当に赦されているのか」とささやく声や思いに打ち勝つ答えは、たった一つです。
サタンが責め立てる私たちの罪や過ち全ては、イエス・キリストの十字架により解決されました。
サタンはいつも偽りをもって、まだ赦されていないかのように私達を惑わします

サタンが、地上で生きている間かかえている私たちの罪を責め立て、罪を清算するために債務証書を手に「自分に渡せ」とどんなに叫んでも、
イエス様を自分の救い主と信じる者の債務証書は、イエス様が身代わりに受けてくださった罰によって、全て無効になりました。
債務証書は十字架に釘づけとなっています。

罪の性質を背負って生きる地上の生活は、それでも失敗だらけです。
地上の生活は、そんな自分と向き合って、こんな自分だからこそイエス様の救いが必要だった、とイエス様の助けに信頼して生きることを学ぶ、訓練の場です。
間違えても、転んでも、主が抱き上げて起こしてくださることを体験する場所なのです。

ただイエス様を求めて、イエス様に信頼して、今日もそれぞれ遣わされた場所で一緒に歩んでいきたいと願います。











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